2016年01月05日

ご参考 :
Dr. Gill Pratt 2016 CESでのプレスカンファレンスあいさつ文(和訳)

 

つい4か月ほど前、トヨタがスタンフォード大学、マサチューセッツ工科大学(MIT)との、人工知能やロボティクスにおける連携研究に、5,000万ドルを投じることを公表いたしました。

その時、皆さんに、トヨタの取り組みは始まりにすぎず、今後さらなるお話ができるだろうとお約束しました。

その2か月後、5年間で約10億ドルという予算のもと、人工知能技術のモビリティへの応用に取り組む新会社、Toyota Research Institute(TRI)を設立すると公表いたしました。今日は、TRIがこの予算を使って今後何に取り組むのか、お話ししたいと思います。

この5年ほどで自動車業界は大変大きな歩みを進めてきましたが、未だに、完全自動運転車の実現までには、長い道のりがあります。

明日CES会場の各ブースを周ると、おそらく現在試験中、開発中の自動運転車に関する展示があると思います。そうした技術が特定の速度、天候状況、道路の複雑さ、交通状況においてのみ機能するものであることに、お気づきになるでしょう。

これまでに実現できた技術は、もちろん進歩してきていますが、比較的簡単なものです。なぜなら、多くの場面において、運転はそう難しいものではないからです。しかし、自動運転技術の助けが必要なのは、むしろ運転が難しい場面であり、そうした場面こそ、私たちが解決したい状況なのです。

これまで自動車業界は、自動運転車の路上での信頼性評価を何百万マイルも行ってきました。これは素晴らしいことです。しかし、完全自動運転技術を実現するには、その何百万倍もの信頼性が求められます。すなわち、1兆マイル規模での信頼性が必要なのです。

毎年、トヨタは世界で約1,000万台のクルマを販売しています。1台が年間約1万マイル走行し、約10年間使われるとします。とすると、ある時点において、約1億台ものトヨタ車が、合計で年間約1兆マイルもの距離を走行することになります。

非常に膨大な距離です。とすると、私たちが解決すべき運転が難しい状況というのは、割合としては小さくても、この膨大な距離と掛け合わせることで、やはり長距離にわたることになります。

また、人はよくミスをするもの、という一定の認識が社会にはありますが、機械に対しては、遥かに正確であることを求めます。すなわち、機械は、常に準備が整っていて、ほぼ完璧であることが求められるのです。ですから、我々が開発する技術は、百万マイル規模にとどまらず、1兆マイル規模で機能しなければならないのです。

こうした課題を解決し、人工知能を様々な目的に活用するため、TRIは当面、以下の4つの使命を果たしたいとの思いで、取り組みを進めてまいります。

第一に、ドライバーの運転技術や身体能力を問わず事故を起こさないクルマを開発する、という究極の目標に向け、自動車の安全性を向上させること。

第二に、障がいをお持ちの方や高齢者など、運転が難しい人にも、クルマをより扱いやすくすること。

第三に、トヨタのモビリティ技術についての知見を、(介護などの)室内用ロボット開発にうまく活用すること。つまり、トヨタの目標は、人々が部屋の間、街の間、国の間を問わず移動できるようにすることにあるのです。

第四に、人工知能や機械学習の技術を活用し、材料科学の分野などで、科学的発見を加速すること。

私たちは新会社として、非常に迅速に取り組みを進めており、TRIはまさに今月、2つの拠点で業務を正式に開始しようとしています。一つはカリフォルニア州パロ・アルトのスタンフォード・リサーチ・パーク内で、もう一つはマサチューセッツ州ケンブリッジのケンドール・スクエアです。

両施設ともそれぞれ、スタンフォード大から自転車で、MITから徒歩で10分程度のところに位置しており、両大学との結びつきの強い多くの研究者がTRIで業務にあたってくれることを期待しています。また、TRIでは今後、他にも世界各国の大学等への投資を進めていきたいと考えております。

両大学との連携研究では、約30の研究プロジェクトを発足させました。今後、両大学が、それぞれの連携研究プロジェクトの一覧を公表されると思いますが、ここでは、そのうち2つの研究プロジェクトについて、簡単にご紹介いたします。

まず、スタンフォード大学との連携研究の一つに、「Uncertainty on Uncertainty」というものがあります。どういう意味でしょうか。

例えば自転車が突然道路に飛び出してきたときにどうすべきかなど、運転時に想定される出来事に安全に対処することをクルマに教えるのは、重要なことです。

しかしながら、それよりはるかに難しいのは、私たちが想定していなかった出来事に安全に対処することを、クルマに教えることなのです。例えば、トラックの荷台から落下したがれきを避ける必要性を認識していなかったという事例を考えてみましょう。

がれきを、他のクルマに見立てればよいのでしょうか。そうかもしれませんが、がれきは突然、たくさんの破片に砕けるかもしれません。では、歩行者に見立てればよいのでしょうか。そうかもしれませんが、歩行者とは違い、高速で移動するかもしれません。

この課題を解決すべく、スタンフォード大学の研究チームは、予期せぬ事態に対処できる一般的な能力を構築する新たな手法を用いて、機械学習能力を向上させることに取り組みます。まずは、すでに分かっているリスクだけではなく、未だ見えていないリスクに、自動運転技術がどれだけしっかり対応できるのかを測ることから始めます。

皆さん、このプロジェクトが非常に重要であることを、「予期」いただけたかと思います。

もう一つの例も同じくらい重要です。MITとの連携研究で「The Car Can Explain」というテーマに取り組みます。話の仕方を機械に教える、という研究です。

自動運転技術は、完璧であることが望まれます。では、事故を起こさないクルマの実現という究極の状況に向けて、我々はどのように取り組みを進めていけばよいでしょうか。

クルマが予期せぬ行動をとってしまった際、クルマは、何が起こったのか、なぜそうなったのかを明確に説明できなければなりません。

技術が人の役に立つよう機能するのか。また、与えられた役割を果たす能力を持っているのか。人々が持つこうした心配は、非常に納得できるものです。

意思決定能力を持つ自動運転技術には、確実に監査が効くようにしておく必要があります。人は、理解できないものを信用することはできません。だからこそ我々は、クルマが自分の行動を人に説明できるようにする必要があります。

さらに、特に材料探索の分野における、我々が今後科学的発見を加速するために行う取り組みについてもお話しします。

人類は有史以前より、新たな物質・材料を発見し続けてきました。しかし、材料科学の進歩のペースは、人の直感や実験のスピードにより限界づけられています。

クルマの強度を上げつつ重量やコストを下げる材料から、燃料電池の効率を上げコストを抑える材料まで、トヨタの新材料発見への関心は、熱心なものです。私たちは、将来のモビリティ技術のコストを抑えつつ性能を向上させるため、コンピューターや機械学習を活用し、材料分野での科学的な発見を加速させたいと考えています。

さて、ここで、TRIを率いる素晴らしい研究者やアドバイザリー・ボードのメンバーの一部を、ご紹介いたします。

まず、我々の研究を指揮するメンバーの一部をご紹介します。(敬称略、苗字のアルファベット順)

  • 元ベル研究所の部門長で元DARPAプログラムマネジャーのLarry Jackelが、機械学習を担当
  • 元DARPAプログラムマネジャーのEric Krotkovが最高執行責任者(COO)に就任
  • カーネギーメロン大学教授で元Googleロボティクス部門長のJames Kuffnerがクラウド・コンピューティング部門のトップに就任
  • MITのJohn Leonard教授が、同教授職との兼任で、自動運転を担当
  • トヨタ自動車技術統括部主査の岡島博司がエグゼクティブ・リエゾン・オフィサーに就任
  • MITのRuss Tedrake助教授が同助教授職との兼任で、シミュレーション、制御を担当

他にも、12(dozen)名前後の研究者を採用済みであり、今後もその数は増えていきます。

また、TRIは、アドバイザリー・ボードを構成する、技術革新分野における世界各国の著名有識者の方々から助言をいただきます。今日ここでは、そのうちの4名をご紹介いたします。(敬称略、苗字のアルファベット順)

  • Rodney Brooks
    MIT名誉教授、元MITコンピューター科学・人工知能研究所 所長、iRobot創設者、現Rethink Robotics創設者・会長兼チーフ・テクノロジー・オフィサー
  • Richard Danzig
    元アメリカ合衆国海軍長官で、サイバーセキュリティの専門家
  • Yann LeCun
    Facebook AI研究所 所長
  • John Roos
    Wilson, Sonsini, Goodrich and Rosatiの元CEO、元駐日アメリカ合衆国大使、現Geodesic Capitalゼネラル・パートナー、Centerview Partnersシニア・アドバイザー。シリコンバレーの技術革新に関する専門家

今後、研究チームとアドバイザリー・ボードの全メンバーを確定させ、公表できればと思います。

またTRIは、他のトヨタの研究所とも協力をしていきます。豊田工業大学シカゴ校や、ミシガン州アナーバーにあるToyota Research Institute of North America(TRINA)のほか、愛知県長久手市の豊田中央研究所とも協力をしていく予定です。

まさに、TRIには非常に優秀で有能なメンバーが集結しつつあり、それぞれが特定の目標のもと、特定の技術領域に取り組みます。そして、自動車分野を超えた無限大の応用可能性を秘めています。

先ほど私を紹介くださったカーター(米国トヨタ自動車販売・上級副社長)さんが、重要なポイントを指摘していました。目標を設定し、それをできるだけ早く達成するためにどうすべきか、という点です。

私たちトヨタは、良いアイデアを分かち合うことで、素晴らしいことが起こると信じています。

例えばトヨタは、自動車分野に留まらない将来の水素社会の到来を見据えています。そして、燃料電池関連技術の開発を加速させるべく、この分野での特許実施権を無償で提供しています。

同じように、TRIは、クルマの安全性や扱いやすさの向上に向け、自動運転技術の開発において、他の自動車メーカー、IT企業、仕入先、研究機関や大学などとの連携を模索したいと考えています。

今後、成さなければならないことはたくさんあります。

最後に、トヨタの歴史を織り交ぜながら、私のお話を終わりたいと思います。

1933年、トヨタは世の中の変化を感じ取りました。当時会社は織機を製作していましたが、自動車がその後の未来を形作っていくであろう、と。トヨタは極めて勇敢な決断をし、織機事業で得た資本で新規事業、すなわち自動車事業を始めたのです。

TRIも、同様の考えに基づいたものです。従来トヨタは、ハードウェア中心の企業でした。というのも、人々の移動手段をより良いものにするのに最も大切な技術は、ハードウェアだったからです。

古いジョークに「トヨタは世界最高の製造企業だ。クルマを作っているのは偶然だ」というものがあります。しかし、時代は変わり、ソフトウェアやデータは今や、今後のトヨタのモビリティ戦略に不可欠の存在です。

さらには、高齢化社会の進展を受け、移動の自由を提供する技術へのニーズは、従来の屋外(道路)から屋内にも広がっています。電子技術分野における驚くべき進歩により、できることの領域が広がったことも背景にあります。

だからこそ、TRIでは、移動の自由を屋外から屋内にももたらすべく取り組みを進めていくのです。クルマがこれまでそうであった以上に、今後家庭用ロボットが個人に重宝される時代が来るかもしれません。

TRIの目標は、将来のトヨタの製品に真の違いを生み出すべく、(基礎)研究と(製品)開発の間の橋渡しをすることにあるのです。

ロボットが今日のトヨタにとって、以前織機をつくっていたトヨタにとっての自動車業界のような存在になることも十分ありえます。

大変なチャレンジではありますが、ここから取り組みを始めることに大変ワクワクしています。

ご清聴ありがとうございました。

以上