2017年01月05日

トヨタ・リサーチ・インスティテュート ギル・プラットCEOスピーチ参考抄訳
(CESプレスカンファレンス)

 

TRIギル・プラットのスピーチ原文(英語)はこちらTMS ボブ・カーターのConcept-愛iに関するプレゼンテーション(英語)はこちらTOYOTA Concept-愛iの詳細(ニュースリリース)はこちらから。

みなさんこんにちは。あらためまして、トヨタのプレスカンファレンス、そしてトヨタ・リサーチ・インスティテュート(以下、TRI)の設立1周年記念の場にお越しいただきありがとうございます。

TRIの役割は、研究を通じてあるべき姿と現状のギャップを特定し、新たな方向づけを行い、時には「行き止まり」を結論づけながらも、すぐに他の素晴らしいアイディアを検討するなど、様々な可能性を模索することです。

設立から1年が経ち、素晴らしいチームを作りあげてきました。これまでに100名以上がTRIに参画し、トヨタ本社から約50名がTRIに合流しました。そして、今年には、さらに100名程度の新規メンバーに参画してもらう予定です。

TRIは、人工知能の研究を行う会社として、設立時に4つの目標を掲げました。

1つ目は、究極的には「事故を起こさないクルマ」をつくるためにクルマの安全性を向上させること。
次に、運転ができない方々に運転や移動の機会をご提供すること。
3つ目は、家の外だけではなく家の中でも移動の自由をご提供するためにロボット開発に取り組むこと。
そして最後に、人工知能や機械学習の知見を活かし、材料技術の研究を加速させることです。

TRIは「リサーチ(研究)」というミドルネームを持っています。

TRIの研究の多くは、カリフォルニア州パロ・アルトの拠点においてスタンフォード大学と、ミシガン州アナーバーの拠点においてミシガン大学と、そしてマサチューセッツ州ケンブリッジの拠点においてマサチューセッツ工科大学と協力して行っています。ケンブリッジでは、最近、仮オフィスから移転する新オフィスの開設を祝う式典も行いました。

本題に入る前に、少し私の話をさせてください。私はかつて大学教授でした。私の本質としては、これからもずっとそうだと思います。大学教授として、研究と学生への講義の両方で楽しい時間を過ごしてきました。

実は今日も、このスピーチの後半に簡単な「テスト」をご用意しています。

今日は、昨年TRIとパートナーで取り組んできた主要な研究によって得られた知見をもとにお話しします。ある質問をきっかけに、自動運転の領域が実際はいかに複雑であるかという点を明らかにしながら、議論をしていきたいと思います。

みなさんに問いかけたい質問は、「どのくらいの安全が必要十分な安全なのか」というものです。

社会は人間によるミスの多くを許容します。結局のところ、私たちは、「人間でしかない」のです。でも、「機械(マシーン)」に対してはそうはいきません。

昨年、米国の高速道路では、ドライバーによって操作されたクルマが起こした事故により約3万5千人の死傷者が発生しました。どの死傷事故も悲劇的な出来事です。

では、「人間と同じくらいの安全性」を担保できる完全自動運転車をつくったとしたら、それは十分に安全と言えるでしょうか。言い換えれば、より便利・快適で、渋滞も少なくなり、環境負荷を低減できたとしても、私たちは「機械」により米国でもたらされる年間3万5千人の死傷事故を許容するでしょうか。

合理的に考えれば、答えは「イエス」かもしれません。しかし、心情的には、「人間と同じくらいの安全性」は許容されないと私たちは考えています。

それでは、自動運転が人間よりも2倍安全で、毎年1万7500人の死傷事故が起こるだけになったらどうでしょうか。そのような自動運転を許容できるでしょうか。

歴史的に、人々は、機械の不具合によるケガや死亡を一切許容しないということが示されています。そして、自動運転車の性能を左右する人工知能システムは、現時点では不完全であることが避けられないことを私たちは理解しています。

では、どのくらいの安全が必要十分な安全なのか。

非常に近い将来、この質問への答えが必要になります。私たちはまだ確かな答えを持ち合わせていません。基準や規制がどのようになるか、また誰が策定するかも明確ではありません。それは国ごとに異なるのでしょうか、それともグローバルで同じものになるのでしょうか。

現時点で存在している基準はSAEインターナショナルの「J3016」というもので、昨年の9月に改訂され、自動化レベルが5段階に定義されました。報道では誤解も散見されることから、この場を借りてこの基準を確認していきたいと思います。

すべての自動車メーカーはレベル5を目指しています。レベル5は、どのような交通状況や天候であったとしても、場所や時間を選ばず、完全自動運転を実現するものです。

これは素晴らしい目標であることを、まず明確に申し上げます。しかし、自動車業界やIT業界のどの企業も、真のレベル5達成に向けてはまだまだ道半ばです。

総合的には、試作段階の私たちの自動運転は様々な状況に対処できます。しかし、機械の対応能力を超える状況は未だに数多くあります。

レベル5の自動運転で必要になる完全性を実現するためには、何年もの機械学習や何マイルものシミュレーション・実走行によるテストが必要になるでしょう。

良いニュースもあります。SAEが定義するレベル4は、ほぼレベル5に近いことができ、実用化のまでの道のりはもっと短いのです。

レベル4は、ミシガン大学の敷地内に設けられた実証施設「MCity」のような、「限られた特定範囲」のみで機能する点を除けば、完全自動運転と言えます。特定範囲は、限定的な地域、限定的な車速、限られた時間帯、良好な天候時、などが含まれます。

A社、B社、またはT社が「2020年代の早期に自動運転車を実用化することを目指す」と言う時は、おそらく彼らはレベル4について説明しています。今後10年の間に、多くのメーカーが特定の地域におけるレベル4自動運転車の実用化を実現している可能性はあると思います。

レベル4の自動運転は、ライドシェアやカーシェア、市街地のラストワンマイルサービスなどのモビリティサービスを提供する企業にとっては、特に魅力的であり応用可能な技術になるでしょう。実際、モビリティサービスは、レベル4のより早い市場導入を後押しする最適な応用方法となってもおかしくありません。

レベル3も機能面ではレベル4に似ている部分がありますが、自動運転モードは、運転に十分な注意を払っていない可能性があるドライバーへ、時に運転を引き渡す制御が必要になります。

運転を引き渡すことは重要な要素であり、そして難しい課題です。

SAEが定義するレベル3では、自動運転がドライバーに運転を引き渡す必要がある場合は、ドライバーに十分な注意喚起を与えなければならないとされています。加えて、レベル3の自動運転は、運転の引き渡しが必要になるような状況をいつでも検知できなければいけません。

なぜならば、レベル3においては、ドライバーは自動運転を監視している必要がなく、その代わり、その他のことに完全に集中している可能性があるからです。SAEでは、クルマが対処できないような状況においては、システムがドライバーに「運転への介入」を要求しなければいけないとされています。

ここで課題となるのは、運転介入が必要になった際、ドライバーがそれまで集中していたメールや読書を止めることにどのくらい時間がかかるか、そして、自動運転のシステムが、ドライバーへの運転引き渡しが必要になる状況を絶対に見逃さないか、ということです。

様々な研究によると、ドライバーが運転に関与しなくなる時間が長いほど、運転に復帰するのに時間がかかることが明らかになっています。

さらには、時速65マイル(時速約104キロメートル)で走行しているクルマは、1秒間に約100フィート(約30メートル)進みます。従って、その車速のクルマで、運転に関与していないドライバーに15秒間の注意喚起を担保しようとする場合、システムは約1500フィート(約460メートル)先にあるトラブルを検知する必要があります。それはフットボールスタジアム5個分と同じくらいの長さです。

これを担保するのは極めて難しく、一朝一夕に実現できるものではありません。なぜならば、スピードがどうあれ、15秒の間には様々なことが起こり得ます。そして15秒間の注意喚起を担保することは非常に難しいからです。

その意味では、レベル3はレベル4を実現するのと同じくらい難しいのかもしれません。

レベル2を考えてみましょう。既に実用化されていて公道を走っていることから、レベル2は恐らく最も争点となっている技術です。

レベル2においては、ドライバーへの運転の引き渡しは、1~2秒の注意喚起とともにいつでも起こり得ます。すなわち、ドライバーは意識的にも物理的にも、瞬間的に反応できなくてはいけません。

さらに課題なのは、レベル2の自動運転においては、常にドライバーが運転状況を監督し、先にある危険をシステムが検知できない場合は、自ら運転に介入してコントロールすることが求められる点です。

例えば、車速制御をするアダプティブ・クルーズ・コントロールを使用中に、センサーでは検知できない瓦礫を道路上に見つけ、ブレーキを踏んでシステムをオフにするようなことです。

レベル2の自動運転ではこれが常に起こりうることを忘れてはいけません。

また、言うまでもなく、私たちが最も憂慮していることのひとつは「人間の性質」です。

ドライバーは、システムを過小にしか信頼しないか、過剰に信頼するか、どちらかだと示唆するデータもあります。レベル2システムの能力を過剰に信頼するとき、ドライバーは運転環境へ注意を払う意識を無くしてしまい、実際の能力以上のことをレベル2システムが対応できると誤って考えるようになってしまいます。

私たちは、システムがドライバーに運転を引き渡す必要がないことが続くほど、過剰信頼の意識が強くなっていくことを懸念しています。逆説的なことですが、システムに問題がなくドライバーへの運転引き渡しが発生しないほど、過剰信頼の傾向は悪化しうるのです。

また、なかには意図的にシステムの作動限界を試し、想定していない誤った使い方をするドライバーがいるかもしれないことも分かっています。

ここで、「状況認識力(situational awareness)」と「散漫になる注意力(mental distraction)」についてお話ししたいと思います。

他のことをやりながら注意力を維持することについては、70年近くも研究されてきたようです。まず心理学者が「警戒(注意力)の減少(Vigilance Decrement)」と呼ぶ研究について説明します。

第二次世界大戦のころ、敵の動きを察知するレーダー機器のオペレーターは、たとえ集中し続けていたとしても、時間が経過するにつれて察知する能率が落ちることが明らかになりました。

心理学者のノーマン・マックワースは、1948年に「The breakdown of vigilance during prolonged visual search」(「長時間の視覚捜索における注意力の衰弱」)と題する論文を執筆しました。

彼の実験では、秒針だけを持ち、時折ランダムに2秒を刻む時計を使用しました。実験で明らかになったことは、その時計をじっと見続けていた場合、長く見続けるほど、時折起こる2秒間の秒針刻みに気づく能力は減少するということでした。

ではここで、先ほどお伝えしたように、会場のみなさんにも20秒間の簡単な「テスト」をしてもらいます。

マックワース時計の動きを注意深く見てください。そして、時計が1秒ではなく2秒を刻むごとに、手を叩いてください。それではいきましょう。

(テスト結果)

これを2時間やり続けるとしたら結果はどうでしょうか。レベル2の自動運転が運転を引き渡してくるかもしれないことに備えて、注意力を維持し続けられるでしょうか。

これらは、レベル2は良いアイディアではないことを意味するのでしょうか。

一部の企業は、この課題が大変難しいことから、レベル2と3の実用化を諦め、その先のレベルの自動運転に一気に取り組むことを決めています。

私たちの研究では、いくつかの物事(メールは除く)は注意力の減少を抑制させる可能性があることが分かってきました。運転以外の「適度な」二次的タスクのいくつかは、状況認識力を維持する可能性があることが分かってきたのです。

例えば、長距離輸送のトラックドライバーは、安全運転記録を非常に高いレベルで保っています。どのような方法で実現しているのでしょうか。

彼らは注意力を維持するために適度な二次的タスクを行っているのです。具体的には、双方向の無線通信で会話をして、スピード違反検挙のポイントを探しながら先々の道を確認しています。

みなさんの多くも長距離ドライブの際に、ぼーっとすることを防ぐためにラジオを聞いたことがあると思います。

専門家の間では、これが集中力を持続させる良い方法なのか、そうではないのか、意見が割れています。

先ほどボブ・カーターがConcept-愛iについて述べたように、トヨタでは、ドライバーとクルマのインターフェースや関係は極めて重要だと考えています。私たちTRIも研究を続けていきます。

確かなことは、完全自動運転という究極の目標に向かって取り組むプロセスにおいても、可能な限り多くの方々の命を救うことを追求しなければいけないということです。なぜならば、例えば米国で、レベル4以上の自動運転車が街中を走るクルマの多くを占めるには、数十年もの時間がかかるからです。

だからこそ、TRIでは2種類のアプローチで取り組み、「ガーディアン(守護者)」と呼ぶ運転支援システムを開発すると同時に、「ショーファー(運転手)」と呼ぶレベル4・レベル5の完全自動運転システムにも注力しています。

ショーファー(完全自動運転システム)を実現するために開発しているハードウェア・ソフトウェア技術の多くはガーディアン(運転支援システム)にも適用可能なものであり、その逆もまたしかりなのです。

実際、ガーディアン、ショーファーともに必要とされる周辺認識・制御技術は基本的に同じものです。違いは、必要とされる場合にのみ機能するガーディアンに対して、ショーファーは、自動運転中は常に機能している点です。

このビデオ(注 : プレスカンファレンスで流したビデオ)は、パロ・アルトの仮オフィスでガーディアンのシミュレータ試作機をテストしている風景です。

そして、TRIでは現在、大きく進化させたシミュレータにも取り組んでおり、近々稼働させる予定です。また、約1年間の仮オフィス住まいを終え、パロ・アルトの新オフィスへの移転も進めています。

ガーディアンの初期段階の具体的な装備として、ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)、VSC(車両安定制御システム)、AEB(緊急自動ブレーキ)などが例に挙げられます。

本格的に実用化されるうえで、ガーディアンとは、クルマとドライバーの状況認識力を統合するシステムであり、ドライバーがハンドルから手を離すものではなく、ドライバーは常に道路状況を確認し、システムは必要な時だけ作動する安全装備となります。

ガーディアンにおいては、システムが差し迫った危険を予期もしくは特定し、すぐに反応する場合を除いて、ドライバーは常に運転をコントロールしている必要があります。状況によっては、ガーディアンは視覚的なアイコンや音を使ってドライバーに注意喚起を行い、必要な場合は車速やステアリング操作を制御します。

ガーディアンは、Concept-愛iのエージェントである「Yui」のような人工知能を実装し、クルマとドライバーからのデータ収集とクラウドを通じた情報・知識共有の両方により、どんどん賢くなります。

先々は、ガーディアンの情報・知識がレベルアップしていくことで、物事を検知する精度と速度が向上するだけでなく、情報を処理して予測する速度も向上し、より幅広い状況において正確に対応することが可能になるでしょう。

クルマは毎年より安全になっています。理由のひとつは、自動車メーカーが毎年、より高いレベルの予防安全装備を導入していることです。現在、これまでにないほどの数のクルマが、問題を検知し、対処方法を選択して対応することをゆだねられています。短い時間ながら、クルマの制御を任せられているのです。

だから、私はConcept-愛iのコンセプトは重要になると考えています。

TRIでは、Concept-愛iのエージェントであるYuiは、ドライバーを楽しませ、役立つアドバイスをする以上の存在になるかもしれないと考えています。つまり、安全性を高める適度な二次的なタスクをうまく使うことで、持続的な状況認識力を高める方法を提供し得るということです。

今は研究を始めたばかりであり、今後、具体的にどのようなことが有効になるかを明らかにしていきます。

Yuiは、無線通信で話したりスピード違反検挙のポイントを探したりすることが長距離トラックドライバーの注意力維持に役立っているように、注意力低下を抑制するような会話かゲームをドライバーに投げかけることができるかもしれません。

Concept-愛iは、車内外の環境を常に監視し、ドライバーとクルマの状況認識力を統合する自動運転システムを備えていることから、そのエージェントはより効果的になり得ると考えています。

まだ不確かなことが多いですが、今後明らかにしていきたいと考えています。

トヨタは、将来のクルマをより安全にし、より多くの方々に利用可能なモビリティとなるよう、数多くのことに取り組んでいます。

YuiとConcept-愛iはそのうちのごく一部でしかありません。でも、これは単なる「役に立つ友達」以上の存在になるポテンシャルを秘めています。あなたの代わりに周囲を監視し、あなたの安全を担保してくれる――そんな「友達」となることができるかもしれません。

私たちの究極の目標は、それが人間によるものであれ、コンピュータによるものであれ、事故を起こさないクルマをつくることです。

Concept-i愛はその道のりにおいて、重要な役割を果たす存在になるかもしれません。

以上