クルマと愛とサウンドを語らせたら止まらない2人が、レースの楽しさを、実際のレースやレースをめぐる人たちなどを訪ねながら紡ぐオリジナル連載(#6)です。

決勝はル・マン式スタート

決勝はル・マン式スタート

「ビリになっちゃうかもしれない」という言葉を残して、横山選手は決勝へ。第1ドライバーはチーフメカニックの染野広治。横山はヘルメットなしの姿でル・マン式スタートのためにスタートグリッドから離れた場所に立つ。合わせて8人の第2ドライバーが並んだ。一方、車はグリッドではなく、コースの脇に一直線に並ぶ。

一瞬の後、電光掲示板がGoのサインに代わり、スタートフラッグが振られた。見つめていた第2ドライバーたち8人が走り出す。練習の成果もあり、また出走者のなかではもっとも若い横山選手はすばしこい。白いレーシングウェアを着た彼は20メートルほどの距離を忍者のように、すり足で走り、第1ドライバーの染野広治にタッチ。そのため、3位に僅差の4位でスタートできた。

ラップは全車1分30秒程度だった。距離が2,436mだから、平均時速は97キロといったところ。ただし、グランドスタンド前の直線(400m)では確実に110キロ以上は出ただろう。

第1ドライバーの染野選手は前オーナーだけあって、黒のBMWを手足のごとく操作した。的確にラインを取り、前の車を追い詰め、コーナーの立ち上がりで1台を抜いた。横山選手はピットでラップタイムを確認しながら3位になったことを知り、手を叩いた。なおも、周回しながら、染野選手は2位の車を追い詰めていき、また、抜いた。これで横山チームの車は2位だ。

40分間のレース半分が過ぎた。その頃になると、各車はコースに散らばり、電光掲示板を見ないと、どの車が何位なのか判然としない。ただし、素人目にも26番のロータス26Rは速かった。他の車とは断然、スピードが違う。事実、ラップタイムで実に10秒は他の車を上回っていた。そうしているうちにもロータス26Rは周回遅れの車を1台、抜いていった……。

決勝はル・マン式スタート

20分を過ぎてから、ドライバー交替のためのピットインが始まった。ロータス26Rを駆る関口好夫、戸塚政一組は前回、優勝したチームなので、ハンディキャップとして5分間、ピットにいなくいてはならない。1周のラップが2分に届かないのに5分のピットインとは……。

信じられないほど大きなハンデである。同じレーサーばかりが毎年、優勝するとレースの興趣をそぐからだろうか。

前回優勝者の他はいずれも1分30秒のピットインである。目下のところ2位の横山組にとっては非常に有利なのだが、横山選手は喜ぶ様子もなく、ピットロードからやってきた染野選手が停止したとたんに乗り込んだ。

そのままスタートしようとしたが、規定で少しの間、その場で停止していなくてはならない。

決勝はル・マン式スタート

メカニックが「5、4、3、2、1スタート」と冷静に言うと、そのまま出て行こうとしたが、とたんに声がかかった。

「ケンさん、窓が開いてますっ」

横山選手は運転席のウインドウを少しおろしていたのを忘れて出て行こうとしたのだが、気づいて、あわててウインドウを上げて出て行った。そんな1秒にも満たないようなミスだけれど、それでもレースにとっては大切な1秒だ。

さながらフィギュアのペアダンス

さながらフィギュアのペアダンス

クラシックカーレースの場合、ドライバーの運転技術もさることながら、車の整備状態のよしあしという問題がある。サイドウェイ・トロフィーでもまったく快調に走っていた1台が突然、コース上でストップし、路肩に外れた。その場合、以前なら選手が押してコース上を移動してもよかったが、危険なので禁止となった。今はコース外に車を止めて、ドライバーは安全なところに出て待機する。

そうやって、1台の車が停止すると、その車が停止した地点よりも手前のオブザベーションポスト(監視位置)でイエローフラッグが振られ、あわせて前方のポストではグリーンフラッグが振られる。イエローからグリーンの区間は黄旗区間とされ、追い越しは禁止になる。

このようにサーキットで異常が起こった状態の後は、どの車も一斉にノロノロ運転になって、見ていてつまらないんじゃないかと思うかもしれないけれど、実はそんなことはない。各車が一斉にスピードを落とし、まったく車間距離を変えることなく走っているのは見事のひとことだ。素人なら車間距離が狭まったり、広がったりするのだけれど、さすがレースに出るくらいのドライバーはぴたりと同じ間隔で走ることができる。2台の車が狭い車間距離で追随している様子はフィギュアスケートのペアダンスのようだ。

抜かれて5回ハンドルを叩く

抜かれて5回ハンドルを叩く

さて、横山選手は快調に飛ばし、ラップタイムも上がっていた。さらに前方の1台を抜きにかかり、前に出た。

すると、今度は後ろからロータス26Rがひたひたと迫ってきた。横山選手は振り払いたいのだが、ロータス26Rの方が速い。たちまち追いついてきた。そして、グランドスタンド前の直線距離の途中、つまり、もっとも観衆が多い現場で、ロータス26Rはアクセルを踏むと、あっという間に横山選手を抜き去っていった。運転技術もさることながら、車の性能が段違いのテイクオーバー(抜くこと)だった。

抜かれた後、横山選手はよっぽど悔しかったようで、レースの途中にもかかわらず、手でハンドルを5回、叩いた。スタンドからその様子はくっきり見えた。

「相当な負けず嫌いなんだ。何も5回も叩かなくていいのに」

わたしはそう呟いていた。

抜かれて5回ハンドルを叩く

初の優勝インタビュー

そのまま、次の周回を終えてゴール。すると横山選手の車にチェッカーフラッグが振られた。掲示板には1位と出ていた。

えっ、あんなに簡単に抜かれたのに、どうして?

不思議に思ったのはわたしだけではない。観衆もそう思っただろう。そして、横山選手本人がもっとも不思議そうな表情で優勝インタビューに登場した。

横山選手・野地 秩嘉

――僕も2位だと思ったんです。でも、考えてみれば2位でスタートして、1台抜いたから1位なんだ。でも、ロータスに抜かれたでしょう。ずっと2位だと思って走っていました。でも、でも、あと数周あったら、また抜かれていましたね。

ゴールして、ピットロードに入ってきたら、表彰する、と。何度も言うけれど、僕は2位だと思ったんです。そうしたらハンデがあったので1位だった。関口さんのマシン(ロータス26R)にトラブルでもあったのかなと思ったんです。だって、思いっきりぶち抜かれたから。関口さんは必ず表彰台に上がる方なんです。

(問 でも、それはそれとして優勝おめでとうございます)

――初優勝です。レースに出て5回目。苦節3年で優勝。初めての時は5位だったんです。このレースは3位までに入らないと賞品をもらえないので、とてもよかった。

(問 次回もまた優勝ですね)

――でもねえ、優勝すると、次は5分間、ピットインなんですよ。それはちょっと…。でも、優勝は1度はしてみたかった。いやあ、でも興奮しました。後ろから迫ってこられると焦ってミスが出てしまって…。

(横山さん、ノンアルコールシャンパン飲んでます)
(横山さん、ノンアルコールシャンパン飲んでます)

横山選手は喜んでいたけれど、それより反省の弁が多かった。負けず嫌いだけれど、人一倍、反省するタイプなのだろう。そういう性格は果たしてレーサーに向いているのかどうか。わたしにはわからない。

著者

横山 剣(よこやま けん)
1960年生まれ。横浜出身。81年にクールスR.C.のヴォーカリストとしてデビュー。その後、ダックテイルズ、ZAZOUなど、さまざまなバンド遍歴を経て、97年にクレイジーケンバンドを発足させる。和田アキ子、TOKIO、グループ魂など、他のアーティストへの楽曲提供も多い。2018年にはデビュー20周年を迎え、3年ぶりとなるオリジナルアルバム『GOING TO A GO-GO』をリリースした。
クレイジーケンバンド公式サイト
http://www.crazykenband.com/
野地 秩嘉(のじ つねよし)
1957年東京生まれ。早稲田大学商学部卒。出版社勤務、美術プロデューサーなどを経てノンフィクション作家。「キャンティ物語」「サービスの達人たち」「TOKYOオリンピック物語」「高倉健ラストインタヴューズ」「トヨタ物語」「トヨタ 現場の『オヤジ』たち」など著書多数
横山 剣・野地 秩嘉

以上

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